T投手陣の「フォースボーク」への備え

 9月2日のカープ戦だった。1点リードの4回に2死1、3塁のピンチを背負ったタイガースの先発の岩田が1塁に牽制。これがやや高く浮くと大きくリードをとっていた3塁ランナーの新井がスタートを切る。ファーストのゴメスが本塁に送球するも投げにくい体勢からの送球はワンバウンドとなり新井が生還、カープ伝統の機動力野球にしてやられ試合を振り出しに戻された。

 

 1、3塁からの機動力を活かした攻めとしては1塁ランナーが盗塁を仕掛け、キャッチャーが2塁に送球する間に3塁ランナーが本塁を狙う重盗が最も有名だが「フォースボーク」という作戦もある。これは左腕投手の時に有効な作戦で、投手が1塁ランナーに顔を向けた時に3塁ランナーがスタートを切り、それを見た1塁ランナーもスタートを切るふりをする(又はこけたふりをする)。刺せると思った投手が1塁に牽制する間に生還を狙うというもの。プレートを外さない1塁への偽投はボークとなるため牽制動作を起こしたら途中で止めることは出来ない。3塁ランナーのスタートに気付き、本塁に投げようとすればボークで1点が入る仕組みだ。強制的にボークを誘う、というところからフォースボークと呼ばれている。

 

 これを防ぐ手段としては、投手が1塁ランナーに正対せず、常に捕手を見ておくこと。そうすれば3塁ランナーが死角になることなくスタートを切ったとしても目の端で捉えられる。さらには1塁ランナーの離塁が大きくても無視することが挙げられる。ただ岩田はこの場面で新井がスタートを切ることは「頭に無かった」と言い、「普通にやったらホームでアウトになるという計算で牽制投げたんですけど、自分の牽制とゴメスの送球ならセーフになる確率があるからそういう作戦を執ったんだと思います」と振り返る。

 

 岩田は次の回にエルドレッドに3ランを浴び5回5失点で負け投手に。新井の好判断と試合を決めた一発、ハイライトシーンとしてはこれで間違いないのだが、阪神ベンチとしての備えはどうだったか。新井のスタートは牽制を投げた後だっため、フォースボークではないと思われるが、例えばファイターズはキャンプで毎日投内連携を行いこういうケースへの防御策を整える。阪神ももちろん投内連携は行なっているが、その内容はバント処理や1塁ベースカバーなど基本的なプレーが中心。報道陣非公開のサインプレーの確認の日も設けるが1日だけで、時間もそれほど長くない。

 

 9日のジャイアンツ戦では同点の8回に1死1、3塁のチャンスを作り、マウンド上には左腕の山口。しかもランナーは足が速くて走塁判断にも優れる鳥谷と上本。キャンプの時からしっかりと準備しチームに意識が浸透しているなら仕掛けるにはこれ以上場面だったが、動く気配は全くなく打席にいたマートン頼み。仕掛けには常にリスクがつきまとうため、必ずしもそれが正しいとは言えないが、仕掛ける選択肢もあって仕掛けないのと、仕掛けられないのとでは意味合いが全く違う。試合は2点を追う7回にゴメスのタイムリー2塁打と上記のチャンスでは併殺打に倒れたマートンのサヨナラタイムリーで勝利を収めたが、この2人が抑えられると打線はたちまち沈黙する。史上まれに見る混戦となったペナントレースも残り20試合を切り、1点の重み、価値が増す。ベンチワークで1点を防ぎ、1点をもぎ取ることは出来るか。

 

文:小中翔太